北海道の話
80年代にテレビで「北の国から」という、北海道富良野市を舞台にしたドラマが放映されていて、独身の私はそれをよく見ていました。
脚本家 倉本聰氏のエッセイもいくつか読んでいて、まぁミーハーでしたね。
北海道に対して憧れをもっていました。
バブル真っ盛りの頃でした。
26歳の時に友人の紹介で夫と知り合い、彼の実家が北海道で牧場を営んでいること、手作りの家のこと、薪を焚いて風呂を沸かしたり、ご飯を炊いたりするのは彼の役目だったこと、馬車や馬橇を使っていた話に、どんどん引き込まれました。
子供の頃、ハワイと東京と千葉を転々として育った私にはカルチャーショックでした。
「牧場のお嫁さんになるのも悪くないなぁ」なんて舞い上がって、能天気なことを考えたこともありました。
でも現実は、夫は関東にあるIT関連の会社に勤めるエンジニア、実家の牧場とは真逆でした。
夫曰く、「生き物相手の仕事は休みもないし、生活するのは大変だから牧場を継ぐつもりはない。だいたい、大学の学費だって自分で稼いで親父に出してもらったわけじゃない。」
実家では義父以外の家族全員が牧場を続けていくことに反対していて、義父だけが頑なに牧場を続けていました。
そんな義父を不憫に思い、「私、北海道行ってしばらく、お父さんの手伝いしてきてもいい?」とでも言おうものなら、夫から「そんなことするなら離婚する!」
義母は元々、働き者な人で、義父以上に実際に牧場を切り盛りしていましたが、牧草のカビを長年吸い込んだために、アレルギーを起こし肺水腫になっており、牧場の仕事はできなくなっていました。
家族会議を開いても議論が白熱してくると、「巨人の星」の星一徹ばりに義父が拳を振り上げてテーブルを叩き、話し合いにはならなかったようです。
結婚してしばらくした頃、夫の郷里で中学校時代の同窓会があり、夫婦同伴で参加しました。
みんな久しぶりに会って「いゃいゃ、頭薄くなったんでないかい?」とか「太ったなぁ」、「お前がよく結婚できたなぁ」なんて会話で賑やかに盛り上がっているのを聞いていると
「牧場って、のんびり、のどかにやってるイメージあるでしょ。」と郷里で牧場を営んでいる夫の親友に声をかけられました。
どう返答すればいいか戸惑いながら頷くと「牧場始めるのに、お金どのくらい必要だと思う?」と聞かれました。
考えていると、その親友は片手を出し「実はさ、これぐらいあっても足りないのさ。」
何も知らない、あまちゃんだった私は咄嗟に「えっ、ごひゃく?」
親友は日焼けした顔で、人懐っこく笑いながら「5000万」
広大な牧場で牧草を刈ったり、その牧草をロールにしたりするトラクターは、今でこそ
クボタなどで多少出ているものの、昔はほとんどが外国製で、2000万、3000万するのもざらなのでした。
それに今では、家畜の糞尿は産業廃棄物とされ、その処理施設を作るのに1億掛けた酪農家もいるんだとか。
親友は学生時代、成績が優秀で大学を目指していたものの、父親がトラクターに足を挟まれ切断する事故に遭い、進学を断念し家業を継いだのでした。
近所だから、義父がひとりで牧場をやっていることも知っていて、
「親父さんの夢とかさ、気持ちは痛いほどわかるのさ。だけど、冬は仕事が無いから出稼ぎに出たり、現実は甘くないのヨ。」
今日の話はここまでにします。