otonatsube’s diary

定年まで後数年、好きな音楽の話を中心に、日々の暮らしを綴っています

28年、看護助手やってきたけど、60歳を迎えたら退職すると決めた Vol 1

私は病院で看護助手をしています。55歳です。

高校を卒業後、都内の大手ホテルに就職、そのホテルを8年勤務した後、結婚を機に退職、1年ほど、近所の歯科医院でアルバイトをした後、平成4年の8月に、現在勤務している病院に看護助手として就職しました。

ホテルでの仕事は、食品庫という部門で働いた時期があり、中華料理で出す熊の手を仕入れたり、世界の珍しい食材に出会うことが出来ました。芸能人の大々的な結婚式の料理の味見をさせて頂くようなこともありました。

私の人生の中でも、その職場で働いていた頃が充実して楽しくて、一番キラキラしていた時期です。

それから、経理に異動することになり、簿記の学校に通うなど自分でも努力はしたのですが、食品庫で働いた頃のような楽しさには出会うことが出来ず、通勤時間が1時間を超えていたのもあって、結婚を機にそのホテルを退職しました。

仕事を辞めた当初は、車の教習所に通って免許を取得したりしましたが、夫の仕事がIT関係で残業が多く、徹夜で帰ってこないこともあり、子供もなかなか出来ないのもあって、次第に私は家での時間を持て余すようになりました。

夢に見ていたような新婚生活ではなく、夫婦喧嘩も増えてきて、やっぱり自分には専業主婦は向いていないと思い、家に近い所で仕事を探して、今の病院に行き着きました。

病院に就職したことを、中学時代の友達に話すと、看護師と間違えられたり、または「病院で掃除してるオバチャンでしょ。」とか言われたりしてました。

でも確かに、病院で掃除してるオバチャン、感覚的に近いです。

看護師の指示に従って、採取した血液や尿などの検体を検査室に運んだり、患者さんを病棟からレントゲンやCTなどの検査にお連れしたり、ベットメイキング、病室の掃除、器材を消毒に出したり、器材の整理、尿器や便器の洗浄、手術している患者さんのベットを手術室に搬送したり、栄養課からきた食事を各部屋の患者さんに届けるのも看護助手の仕事です。

こうして文章で書いてみると、あくまで看護師のサポートであり、看護師ほど責任が重いわけでもないのですが、忙しい時は分刻みで動き、休憩時間もままならないこともあります。

一日中立ちっぱなしの仕事で、病棟では基本、走ってはいけないことになっているのですが、思わず走ってしまうことがよくあります。

看護助手を続けて、今年で28年になります。

途中、先輩のモラハラに遭い、辞めそうになるも、コーチングを受けて、仕事の効率を上げたりして、なんとか続けることができました。

地味な仕事で世間的には3Kなんて言われていますが、今振り返ってみれば、嫌いな仕事ではありませんでした。

いつも額に汗して体を動かしているので、身体が丈夫になったし、精神的にも強くなれました。

職場の人間関係でも、一見ネガティブなことがあったとしても、自分の言動や他人の立場などを振り返り、物事を俯瞰してみれるようになりました。

患者さんから、ありがとうと言葉を頂いたり、「頑張ってね」なんて声を掛けて頂くと、自分が患者さんを癒すつもりが、逆に患者さんに癒されてることに気が付きます。

その気づきがあると、患者さんに対して、感謝の思いがこみ上げてきます。

人手不足とか、年休が貰えないとか、きつい看護師がいるとか、不平不満を言えばきりがありませんが、この感謝の気持ちを忘れないでいたいなと思います。

今月で56歳の誕生日を迎えるにあたって、最近、自分の将来について、よく頭の中で考えていることをまとめてみようと思います。